日本列島の成り立ちから平均身長について考えてみる

この記事では日本人の平均身長が何故低いのか?について、その理由を日本列島の成り立ちから私なりに考えてみたいと思います。かなり長文ですがご興味のある方は下記「続きを読む」からどうぞ。尚、私は歴史家ではありません。細かな部分については間違っている部分もあると思います。決して鵜呑みにしないで下さい。またこの記事は「世界の人たちは何故体が大きいのか」の続きのような位置づけであり、こちらも合わせて読む事をオススメします。

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★当記事の目次

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日本列島の成り立ちと農業の発展

マンモス.jpg日本人の祖先は日本列島がまだ大きな大陸と陸続きだった頃、マンモスやゾウなど食料となる大きな動物を追ってやってきたそうです。これは現在から2万年以上前だと言われています。当時の民族が日本列島に住み着いてしばらくすると、日本列島が大陸から離れ、時間をかけて現在のような島の形になったと考えられています。それが現在から1万3千年前の話です。

しかし氷河期が終わりに近づくにつれ、マンモスのような大きな動物が絶滅したりなど、環境の変化に適応する事ができなかった様々な動物がその数を減らしていきます。それによってせっかく日本列島に住み着いた民族も、食料に困るようになり、次第に狩りの対象が小さな動物へと変わっていきます。それと共に、より安定した食料を確保するため、少しずつ「農業」が発展していきます。実際、日本では縄文時代の後期から「稲作」が発展し、数の少ない動物に変わって少しずつ「農産物」が主な食料になっていきます。これは現在から6千年ほど前の話です。

尚、日本列島は大陸から離れて1万年以上も島国です。四方八方が海に囲まれており、飛行機ができるまでは船でしか上陸する事ができませんでした。また当時の技術では船でさえも容易に近づく事ができなかっため、長期間他国から侵略される事もなく、他国の文化が入って来る事もありませんでした。もちろん中国(以前は遣隋使や遣唐使で有名な隋や唐など名称は時代によって異なる)による影響は強く受けているのですが、古くに伝わったものほど日本独自に手が加えられ、独自に進化させられており、発祥は中国でも、現在では日本の文化と言っても良いほど定着しているものが数多くあります。

特に当時の農業中心の生活習慣は第二次世界大戦前後まで続いています。これも敗戦以前では他国の文化があまり定着せず、生活習慣が大きく変化しなかったからです。また敗戦以降、国内での農業は衰退はしているものの、現在でも「肉よりも野菜」という考え方を持っている日本人は多く、植物性の食品が中心の食習慣はこれから先も続いていくものと思われます。



農業の発展により体の大きさに関係なく自給自足ができる

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大きな動物がたくさんいた時代では「体が大きい」「筋肉がある」など、体力的に優秀な遺伝子を持つ人の方が子孫を残しやすかったと考えられます。これは大きな動物を狩るため、また身を守るために、単純に体力が必要だったからです。

しかし氷河期が進行すると、単純に「体が大きい」だけでは生き残る事ができず、「生命力が高い(省エネ体質、危険察知能力が高い、見つかりにくい、知能が高い、病気に強い等)」という事が求められるようになりました。何故なら前述のように食料となる大きな動物が減ったからです。狩りの対象となる小さな動物は体の小さな人でも捕らえる事ができ、体が小さい分、少ない量でもエネルギーを満たせますが、体が大きい人は消費が激しく、食料の少ない時代では空腹に喘ぎます。空腹状態では免疫力も低下し、病気にもなりやすくなります。

それによって例え体が大きくなくても、生命力を持っていれば子孫を残す事ができるようになったため、見た目に関しては多種多様な遺伝子が生まれました。特に当時は現在の人類のように70年や80年という長寿命がない時代だったので、交配のサイクルが速く、その分だけ多種多様な遺伝子が生まれ、後世に引き継がれていきました。

更に氷河期以降では生命力の高さに関係なく、健康な状態で、相手さえ見つかれば、容易に後世へ子孫を残す事ができるようになっていきます。これは農業が当たり前となった事で、体に恵まれていない人でも農産物を育てれば「自給自足」の生活ができるようになったからです。もちろん長期間農業ができるような丈夫な体は必要ですが、それには体の大きさは関係ないため、より多種多様な遺伝子を残す事ができます。また前述のように長らく島国だった事もあって、海外から別の遺伝子が運ばれて来るという事が殆どありませんでした。これらにより、遺伝子的な特徴によって民族全体としては低身長なものの、身長の低い人だけがいる訳ではなく、稀に高い人もおり、身長の高低差が非常に激しくなりました。

そして日本では度々起こる「争い」によっても遺伝子が選別されています。例えば武士に代表される国内での合戦においては、多くの男性が戦場に駆り出され、その命を燃やしました。名前も知られていないような一般兵の中にも、おそらく体格的に恵まれていた人はたくさんいたはずで、その優秀な遺伝子は戦によって失われてしまったと考えられます。日本の場合、特に両極端になっており、食物などを育て、自給自足の生活ができる農民は、武士などと比べれば格段に命を落とすリスクが低いです。すなわち日本人は農作物を育て、慎ましく生活してさえいれば、それだけで命の危険に晒される機会が減りますから、それによって「農民の遺伝子(農業をするのに体の大きさは関係ないが、食習慣や運動習慣等によって体が大きくなりにくい)」の方が後世に残りやすかったと考えられます。

ちなみに江戸時代の人口は多くて3千万人前後、明治はその倍の6千万人、昭和で1億人を突破、昭和の最後に1億2千万人になり、平成、令和と続きます。明治時代初期まで合戦があった(1877年が最後・・・意外と最近)事を考えれば、優秀な遺伝子が失われるリスクは高かったと思われます。特に「日本」というと世界大戦のように外国との戦争のイメージが強いですが、それまではひたすら国内で、日本人同士で争っていたのです。その度に農民が生き残る訳ですから、日本人の平均身長が低いのは何となく頷けます。



日本人の「動物性蛋白質」を摂取する習慣について

肉.png前述したように最初は象などの大きな動物を食べていましたが、そういった大きな動物が少なくなると、イノシシやシカなど中型・小型の動物を食すように変わっていきます。実際、日本では縄文時代の遺跡から動物の骨が多数見つかっており、この頃は動物性の蛋白質を摂取する機会には比較的恵まれていたと考えられています。見つかった骨の殆どはイノシシやシカで、当時はこれらを狩猟によって食べていたようです。

この縄文時代は紀元前13000年から紀元前数世紀頃、続く弥生時代はそれから紀元後三世紀頃までです。弥生時代の遺跡においてはイノシシやシカに加え、豚やニワトリなどの骨も見つかっており、ちょうどこの頃に大陸から家畜の豚などが伝わり、食用の動物を育て、それを食べるようになったと考えられます。ただし家畜としての「牛」の利用は、弥生時代の時点では確認されておらず、記録では牛肉は祝い事など特別な行事でしか食べる事ができなかったそうです。畜産が行われていたという事は、動物を食べる需要があったという事であり、この時点でも動物性蛋白質を摂取する機会には恵まれていたと思います。

それから数百年後の奈良時代(西暦710〜794年)や平安時代(西暦794〜1185年)になると、日本に仏教文化が広まります。その影響はまず貴族の間で広がり、それによって家畜による「食用に動物の命を奪ったり、肉を食べる」という事が一部禁止されるようになったと言われています。もちろん庶民の末端にまでは、まだ仏教文化は広がっていなかったので、庶民の間では一般的だった鹿や猪の肉は継続的に食べられていたようですが、いずれは庶民の間でも、動物の肉を食する事にためらいが生まれるようになっていきます。

その代わりとして、今度は乳製品(高級とされたため貴族のみ)、鳥、魚肉などが食べられるようになっていきます。「定期的に動物性蛋白質を摂取する」という点で言えば、その習慣はなくなりませんでした。ただし例えば牛一頭や豚一頭から摂る事のできる蛋白質の量と比べると、鳥一羽や魚一尾から摂る事のできる蛋白質の量は非常に少なく、一人ならまだしも、複数人で食べる場合には効率が良くありません。牛一頭から取る事のできる肉を魚だけで食べようとしたら、相当な量の魚を食べなければなりませんよね。すなわちこの頃、以前よりも動物性の蛋白質を摂取する量は減ったと考えられます。

その後、武士の時代が到来し、「生きるために自分で狩猟し食べる事」は許されますが、既に庶民の間で仏教文化が大きく広まった事で、「食用のために動物を育てる商売をする人」が酷く蔑まれるようになったそうです。現在では学校の給食に出るなど、我々にとって大変身近な「牛乳」も、この影響によって庶民には定着する事ができなかったという説があります。ちなみにそれ以降、牛乳が一般化するのは実は戦後になってからです。

また仏教文化の広まりにより、僧侶の「動物の肉を使わない穀物や野菜などが中心の食事」を庶民がよく目にするようになり、それがイコール健康に良い、体に良い、長生きできるとされ、庶民の間で広く浸透していく事になりました。そういった様々な要因で、肉を食べる人が少なくなった事で、食用の動物を育てる畜産文化が大きく衰退し、以前のように定期的な動物性蛋白質の大量摂取はできなくなっていきます。

欧米人の体格の維持は動物性蛋白質の摂取が大きく関係していると言われています。一方、日本人は動物性蛋白質を摂取する機会自体はなくならなかったものの、確実にその習慣は薄れ、体を大きくするために必要な栄養を摂取する事ができなかった、あるいは仮に元々体の大きな人が生まれたとしても、その体を維持する事ができなかったのではないでしょうか。これも平均身長が低くなる原因になると考えられます。



日本人の平均身長を上げるためには「固定概念」を捨てる事

日本.jpg現在の日本人の平均身長はだいたい男性で170cm前後、女性で158cm前後とされています。欧米諸国と比べると明らかに低いのですが、実はこれでも良くなった方で、第二次世界大戦以前は男性ですら160cm前後しかなかったそうです。戦後何故平均身長が改善されたのかと言えば、これは「固定概念を捨てた事」ではないかと私は考えています。

他国の異文化を受け入れるためには「日本人の当たり前」をどうしても捨てなければなりません。例えば今まで「和室に直に座って食事をする」事を当たり前としてきたのが、現在では「フローリングの洋室に大きな机と椅子を設置しそこで食事をとる」という形の方が多く、むしろ和室の方が減ってきています。和室が当たり前とされていた時代では「けしからん」とされた洋室も、今ではあって当たり前です。

ここまで大きく変化したのは、戦争に負けた事で他国の文化を受け入れるために固定概念を捨てたからです。今まで通り当たり前とされてきた事をそのまま受け入れるだけでは、そのような大きな変化をもたらす事はできなかったでしょう。そうして今までの当たり前を捨て、他国の文化の「良い部分」を吸収する事で、今まで日本は発展してきました。日本人の平均身長の底上げにもそれが必要だったと私は思います。参考記事→「身長を伸ばすためには疑問を持ち続ける事が重要」・「床よりも椅子に座るようにしよう

ただ、現在、日本人の平均身長はここ数年伸び悩んでおり、むしろ下がったという情報もあるぐらい、大きな変化がありません。その大きな原因となっているのが、そのように「固定概念を捨てる事ができない」事です。例えば思春期以前からダイエットを繰り返す、痩せる・健康という言葉に対する考え方、何かを言い訳にした生活習慣(運動、食事、睡眠、ストレス等)の乱れやそれに対する意識、特定の栄養素や食べ物ばかり意識的に摂取しそれ以外が疎かになる、動物性蛋白質の定期的な摂取及び絶対量の不足、単純なエネルギー(糖・蛋白質・脂肪)の不足、努力や頑張るという言葉に対する考え方・・・などなど。「当たり前」としている事の中には、間違った認識の元で成り立っているものがあります。それを覆さない限り、大きな変化は起こせません。



参考記事一覧

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