ゲームが子どもの発育に与える影響について考える

ここでは子どもの発育と、いわゆる「ゲーム」の関係、及び「ゲーム脳」について私なりに考えた事をまとめています。かなり長文ですがご興味のある方は下記「続きを読む」よりどうぞ。

課金ゲー.png

★当記事の目次

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過去に話題になった「ゲーム脳」とは?

脳.png突然ですが「ゲーム脳」という言葉をご存知でしょうか。「ゲーム脳」とは、例えば携帯ゲーム機、家庭用ゲーム機、携帯電話(スマートフォン:以下スマホ)、パソコンなどでゲームをプレイすると、脳に様々な悪影響を及ぼし、知能など脳の機能が低下するというものです。元々の「ゲーム脳」という言葉は、2002年頃、ある研究者の出版した本のタイトルの一部として使われた造語でしたが、出版当初、大々的に多くのメディア(テレビ、新聞、週刊誌など)で取り上げられ、大きな話題になっていました。

実際、2002年に出版された書籍の中では、テレビゲームのテトリスなどをプレイしている人の脳波が減衰しており、その脳波が認知症患者の脳波に似ている事から、知能の低下が見られるとしています。また普段ゲームをプレイしていない人が一時的にゲームをしても、下がった脳波の回復が早いので問題ないのですが、普段からゲームをしている人はゲームを止めても脳波の回復が遅く、その状態も認知症患者と似ているとしています。それらのようなゲームをした時に起こる脳の症状の事を「ゲーム脳」と定義しているようです。

ただしゲームでは記憶障害や言語障害などの認知障害、あるいは脳の梗塞や萎縮といった一般的に知られている「認知症の症状」は一切伴わないともしています。特に若い人では仮にゲームをする習慣があって、脳に悪影響を及ぼしていたとしても、脳の他の場所が働いており、補う事もできるので、一般の人と同じように脳が機能します。その点については認知症とは大きく異なるとしています。

それに加え、ゲーム脳の人は「視覚系の神経」が優先的に働くため、前頭前野(考える事ができる場所であり、脳の最高中枢)の活動が低下するとされています。頭で考えるよりも先に目で見たものに対して反応するからですね。それによって「じっくり考える」という事ができなくなり、咄嗟に湧き上がる感情を抑える事が難しくなるために「キレやすい」状態になるそうです。特にこの「キレやすい」というのが、凶悪な犯罪に繋がる可能性があるとしていて、そのような状態で、例えば深夜にホラーゲームを行うと、周囲から与えられる恐怖に対し、自分を過度に守ろうとするようになり、そこに「キレやすい」が重なる事で、過剰防衛(殺られる前に殺る)にも繋がるとしています。

ちなみにゲーム脳という造語を含むタイトルの本を出版した研究者、2012年には「ネトゲ脳」という造語を含むタイトルの本を再び出版しています。もしかしたら何かゲームそのものに対して恨みを持っているのかもしれません。



メディア報道における「ゲーム等」と「犯罪」

テレビ.jpgメディアはゲーム脳のその部分、すなわち「凶悪な犯罪(過剰防衛を含む)に繋がる可能性がある」という部分を特に強く強調し、世間に広く認知させようとしました。当時は特集番組も数多く作られたほどで、そこでは様々な教育者や研究者などを招き、この造語に同調させ、ゲームをする事が絶対悪かのように扱っていたそうです。今の時代でも、探せば当時の動画があるかもしれません。私は確認していないのですが、参考映像として使われる事が多かったのはあの「バイオハザード」というゲームだったそうです。

その流れもあってか、この言葉が登場した以降、ニュースになるような事件が起こると、必ずといってゲーム等と絡めた報道を行うようになっていきます。特に当時はスマホが存在せず、またゲーム機も高価なものだったので、一般的ではないもの=特殊なもの=それをするのはおかしい・・・という、まぁそれはゲームに限らず他の事でもあり得る事なのですが、おそらくその印象をつけたかったのだと思います。

現在でも犯罪とゲームを絡めるような報道を行う傾向は強く残っているのですが、実はその大きなきっかけになったのが「ゲーム脳」だった訳です。ただし実際には、それ以前から「ゲーム」に対する世間の印象は悪くなっており、ゲーム脳はその下地があったからこそ広める事ができたと思われます。

特にゲーム脳という言葉が存在する前にゲームに対する印象を悪くさせた出来事が、1988年の「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」です。特にこの事件の犯人が、ゲームやアニメ、漫画などの収集癖を持ついわゆる「オタク」だった事、またその収集する一部にホラー要素(グロテスクなものを多数含む)があったり、幼女(いわゆるロリコン)等に対する興味関心が強い傾向があった事、更に「オタク」という言葉が1980年代に生まれていて当時タイムリーだった事、そしてあまりに凶悪な事件だった事・・・などが相まって、それらの趣味を持つ「オタク」が世間から敬遠されるようになっていました。そのためこの事件以降、明確な根拠もないまま、「ゲームやアニメ、漫画などによる影響によって犯行に繋がった」かのような報道が当たり前に行われるようになり、そこに「ゲーム脳」が乗ったという事です。特にオタク的な趣味は「子どもを持つ親(昼間テレビを見る機会があるため)」から敬遠されたため、ゲーム脳を含め、ゲームなどの印象を悪くさせるような、明らかに偏った報道があっても、それに対して違和感を持つ人は当時はあまりいなかったそうです。

尚、例え凶悪な事件であっても、「警察などから得られる情報」は私達が思っている以上に多くありません。それほどの凶悪犯罪が起これば尚更、事件を大々的に報道し、多くの国民に知ってもらう必要がある訳ですが、詳細が分からない状態で「捏造して報道する」訳にはいきません。そこでメディアは「ゲーム」を利用したのです。前述のような凶悪事件に関する報道によって、既にゲーム等に対する印象は最悪だったので、例えゲームやアニメを悪者扱いしても誰も文句を言いませんでした。メディアからすれば「ゲームやアニメを悪者」と一度決めつけてしまえば、あとはその結果に繋がるようにして報道すれば良いだけなので、断片的な情報しかない場合でも内容を作る事ができ、都合が良いのです。それに加え、視聴者の不安を煽るように報道をすれば、世論(少子高齢化のため若い人は考慮していない)を加熱させる事もでき、それはリピーター(読者)にも繋がりますから、例え文句を言われようとメリットが大きく、だからこそ現在でもそのような報道を続けている訳です。もちろん最近ではスマホの普及により、ネットが身近なものとなった事もあり、ゲームやアニメを絡めた報道を行う度に批判を受けるようになってますけどね。


ちなみに事件とアニメやゲームなどを絡める報道の例としては、2016年朝霞市女子中学生誘拐監禁事件、2015年川崎市中1男子生徒殺害事件、2014年倉敷美少女行方不明事件、2014年佐世保女子高生殺害事件、2013年三重県中3女子死亡事件、2013年三鷹ストーカー殺人事件、2008年秋葉原通り魔事件、2007年京田辺警察官殺害事件などが挙げられます。いずれも事件の犯人または被害者、あるいはその両者がアニメやゲーム好きという話です。キリがないのでこのぐらいにしますが、調べただけでもこれだけ出るので、これ以外にも相当数あると思われます。じゃあ映画やドラマはどうなんだ?って話になりますが、容疑者はサスペンスドラマが好きで・・・なんて報道は全く耳にしませんから、まぁ前述の通りなんでしょう。



メディアの「主な視聴者」は誰なのか

日本人はテレビや新聞を中心としたいわゆる「オールドメディア」に対する信頼度が高い傾向にあります。それに加え、日本人には「多くの人が言っている事=正しい事」という集団としての考え方を強く尊重する民族性があります。俗に言われる「集団主義」です。

何故メディアからもたらされる情報を信頼しているのかというと、テレビや新聞から情報を得ているのは誰か?と言ったらそれは「高齢者」です。インターネットがある現在も、インターネットがなかった時代も、テレビや新聞からしか情報を得ていない層というのは、我々が想像する以上にたくさんいます。特に高齢者はテレビや新聞からしか情報を得られないような時代を生きてきたので、テレビや新聞が言う事は正しいものと信じ込んでいます。ゲームに関しても、それが存在しない時代から暮らしてきましたから、「ゲームは悪者」とする論調は、そのような人たちには受け(それは違うと文句を言わないため)が良いのです。もちろんこれはゲームに限った事ではありません。元々あったものを新しくしたり、今まではなかった新しいものが登場した場合、「分からないもの=悪いもの」として必ず批判的な論調になります。

「若者ガー」「ゆとりガー」などという論調がやたら多いのも同じ理由です。例えばゆとり世代を批判するような論調はあっても、ゆとり教育を推進したゆとり世代よりも上の世代、あるいはゆとり世代を育てた世代を批判するような事は殆どないと思います。これは何故かというと、「テレビや新聞を信用している世代」を敵に回す事ができないからです。しかもそういう若い世代を蔑むような意見に対して文句を言う「(オールドメディアの)視聴者」もあまりいないので、主な視聴者である高齢者向けの情報で固めていく訳です。それでは若い人はテレビや新聞を見なくなりますよね。当然の流れです。若い人を集めて恥をかかせるクイズ番組が良い例だと思います。それを主に高齢者にさせるような番組は・・・過去にはあった(明石家さんま氏の某番組など)と記憶していますが、今では殆どありません。

尚、これはゲームが登場した以降の話かのように思いますが、実はいつの時代も若い人は同じ事を言われています。「最近の若者は・・・」ですね。それはゲームやネットがない時代からも、テレビ、新聞、週刊誌、あるいは教師や上司などから常に言われ続けてきた事であり、いつの時代も若い人は蔑ろにされてきたのです。決して今の若い人だけではありません。


一方、実は高齢者以外でもメディアが主な視聴者として重要視している層がいます。それが女性です。最近では女性も昼間、外に働きに出ていますが、数十年前は男が外で働き、女が家を守る・・・という考え方が当たり前で、昼間、家にいて家事や子育てに勤しんでいた女性も、実はテレビや新聞の主な視聴者になっています。それは今でも傾向が残っています。

例えば女性向けの特集と男性向けの特集、どちらが多いかを考えれば分かりやすいと思います。明らかに女性が利用するものを紹介する特集の方が多いはずです。また高齢者に対して批判的な論調が少ないように、女性に対する批判的な論調も少ないはずです。これも女性を視聴者として重要視しているからです。特に「ゲームは子どもの教育に悪い」というのは、子を持つ女性にとっても受けが良かったようです。

そのような世の中の仕組みや流れを利用し、テレビや新聞を中心とするメディアと協力する事で、ゲーム脳という言葉を作り出したのだと思います。ゲーム脳という言葉を一度作ってしまえば、それ以降、ゲームを一方的に悪者に仕立て責任を押し付ける事ができ、またそうして何かに責任を押し付ければ、報道側が批判されるリスクが減り、萎縮せず自由に報道できますから、ゲーム脳という言葉、及びゲーム=悪いものという論調は、その意味でもメディアにとって都合が良かったのです。またそうして報道する際、執拗に恐怖や不安を煽ればより強く同調させる事ができ、固定的な視聴者にする事もできます。それは当然お金にもなります。近年オールドメディアは不振ですからね。



「ゲームが犯罪率を上げる」というデータは存在しない

「なんか そういうデータ あるんですか?(この言葉はネットで有名なネタです)」
スーファミ.jpg「ゲーム脳」及びゲームなどと絡めた報道に関しての一番の問題点は、「ゲームの影響によって知能が低下したり、人格形成に悪影響を及ぼす等によって犯罪率が上がる」といったデータが全く存在しないという事です。

例えば日本初のコンピューターゲームが登場したのは1973年、日本初のゲーム機は1975年に登場(詳しくは→wikipedia - コンピュータゲームの歴史)しています。また世界初のテレビゲーム機は1972年、ソフト入れ替え式のゲーム機は1977年に登場しており、例えば銃を打って戦ういわゆる「FPSゲーム」は1990年代から登場、その少し前の1980年代後半からは対戦型のいわゆる「格闘ゲーム」の原型が登場しています。更に現在では世界中でスマホが普及し、あらゆるジャンルのゲームを誰もができるような状況になっています。特に日本では各世帯における60%以上がスマホを所持、若い世代では90%を超えるほどです。またスマホにおけるソーシャルゲーム(いわゆるソシャゲ)の課金額は、日本が世界で最も高いと言われています。


現在ではそのようにスマホを持っていない人の方が珍しいです。すなわち銃を打ち合ったり、鈍器や拳で殴り合ったりして敵を倒すようなゲームをする機会は、若い人でなくても誰にでもある訳です。もしそのようなゲームを継続的にプレイする事が「知能や人格形成に悪影響を及ぼす」とすれば、スマホを持つ人、及びゲーム脳を持つ人間が、日本のみならず世界中で増え続けており、既に歯止めが効かない状態になっている事になります。そうであれば国として取り組まなければならない深刻な問題です。しかしそもそも日本という国は「ゲーム」という文化を発展させた張本人であり、それだけゲームをしている人が多いにも関わらず、先進国の中でも治安はトップクラスに良いです。近年犯罪件数が上がったというデータもありません。人口が1億人前後、すなわち人口が増加し続けていた頃から、もちろん犯罪の種類により割合は異なりますが、刑法犯罪全体の被害者数はむしろ下がり続けています。

最近では「ゲーム依存症」「スマホ依存症」という言葉が話題ですが、それが「程度の問題」だとすれば、1日換算では少なくても、時間が空く度にしていれば、最終的な総時間は相当なものになっているはずです。つまり現代人は多くの人がスマホ依存、及びゲーム依存に当てはまっており、もしゲームをする事が犯罪に繋がるのであれば、スマホを持っている人はかなり長時間、悪影響を受けているはずで、スマホを持つ多くの人で「犯罪に繋がる可能性が高まっている」という事になってしまいます。

しかし前述したように日本は安全な国です。安全だからこそ、大きな事件が起きると目立ってしまいますが、海外で銃乱射事件や爆弾テロなどが頻発している事と比べれば・・・まぁそれと比べてはいけませんが、全然マシだと思います。特に貧困と犯罪は相関関係があると言われおり、海外では実際にそうです。教育を受ける事すらできないほど貧しい人は知識や教養がなく、お金を稼ぐ方法どころか、植物を育てる方法さえ分かりません。そういう人が大きなストレスを受けた時、例えば飢餓もストレスの一種ですが、そうしたストレスへの対処法が分からず、理性を抑える事ができずに感情的になりやすいと言われています。金品が欲しい時、銃で脅して、抵抗したら感情的に打つ、そういったニュースにならないような事件は海外では毎日起きています。日本人が被害に遭う事も当然あります。

一方、最近では日本も貧富の格差が大きくなっているとしきりに言われます。海外と同じく、確かに日本も低所得の方が犯罪率が高いというデータがあります。また日本では所得と学歴に相関関係があるので、学歴が低い、すなわち大卒よりも高卒、高卒よりも中卒の方が犯罪率が高いと思われます。しかし前述したように、そもそも日本人は全体としての犯罪の数自体が少ないです。すなわち海外と比べると、日本人は例え貧しくても犯罪にまで至るようなケースは少ない方で、懸念されるほどではありません。尚、私個人としての意見としては、ゲームを買えている時点で生活に多少余裕があるように見えますが・・・やはりそれも知識と教養によるものが大きいのでしょうね。スマホなんてとても高くて買えないですよ(現ガラケー)

少し話がそれましたが、これらの事から、ゲーム=悪と考えるのは非常に短絡的だと私は思います。例えばポケモンGOは良くてバイオハザードはダメとか、スプラトゥーンは良くてもPUBGはダメとか、携帯電話は良くてスマホはまぁ許せてもテレビゲームは絶対にダメとか、テレビ番組は良くてもゲームは駄目とかって、そもそも現実にはないものにどれだけ影響されるかは結局人それぞれのはずです。この日本という治安の良い国で、たまたま悪い方向へ結びついた極端な例を持ち出されても、それには全く説得力がありません。



「ゲームだから」とはよく聞くが、なら他はどうなのか?

「何かを見て、それに影響されて人を殺めた」という事件があった場合、例えばテレビのバラエティ番組における体を張ったネタや、サスペンスドラマあるいはホラー映画の殺人シーンの影響を受けた事が原因という可能性もゼロではありません。ゲームやアニメだから悪影響を与え、テレビ番組や映画は逆に悪影響を与えない・・・なんて都合の良い事はあり得ません。

例えばテレビ・新聞・週刊誌等では「ゲーム、アニメ、ネットなどが悪い」という事はよく聞きますが、「このテレビ局・このテレビ番組が悪い」なんて意見は殆ど聞きません。また「犯人はゲームやアニメが好きだった」という事件は数多く存在するのに、「犯人は特定のテレビドラマや映画を見ていた」なんて事件は全く耳にしません。家にゲームがあればDVDもあって不思議ではありません。しかし仮に犯人がテレビドラマや映画が好きで、そのDVDを収集していても、それは一切報じられずに、何故かゲームやアニメばかりがピックアップして報じられています。それこそ「忖度」や「報道しない自由」だと私は思います。

確かに残虐的なシーンのあるゲームやアニメもそれは探せばあるでしょうが、それに関しては映画やドラマも同じはずです。サスペンスドラマやホラー映画では必ずといって人が殺されてしまいます。何故ならそれが起きないと物語として成立しないからです。つまりそれに影響される人がいてもおかしくないはずなのですが、それを議論する番組はまずありません。影響されるかどうかは人それぞれのはずなのに、何故かゲームやアニメばかりが悪く言われてしまいます。実に偏っていると思います。

ゲームは悪?.pngそのような報道では「何故それに興味を持ったのか?」という議論ができません。例えば家庭環境が閉鎖的で自由がなかったり、学校環境でイジメが起きていたりなどという事は耳にしますが、もし特定のゲームの特定のシーンが犯罪に繋がるとすれば、それと同じように犯罪に至るまでの過程、及びゲームやアニメが好きに至るまでの過程もあるはずです。またそれは特定のドラマや映画の特定のシーンでも同じ事が言えると思います。そのドラマや映画に影響を受けるまでの過程が必ずあります。しかしそこには議論が及ばず、またテレビや映画には何故か一切触れずに、いつも「犯人はゲームやアニメが好きでした」だけで終わっています。

「犯罪を犯した人が、何故その犯罪を犯すに至ったかを考えない」という事は、「仮に社会にある問題によってその犯罪が引き起こされたとしても、その原因を考えずに、別のものに責任を転嫁する」という事です。根本的な原因を考え、それを社会全体で改善しようとしなければ、また同じような犯罪が起こるのではないでしょうか。それを視聴者に考えさせるのがメディアの仕事のはず。大きな事件が起き、テレビ番組や映画の影響を受けた事が理由として考えられる場合、それを視聴者に考えさせないように報道する・・・なんて事はあってはなりません。



時間を奪われるのはゲームだけではない

ここからは子どもの発育とゲームの関係について書きます。私は「ゲームが脳に悪影響を及ぼす」のではなく、ゲームを長時間かつ長期間行う事によって「ゲーム以外の事に時間を割く事ができなくなり、得意な事と不得意な事が偏る場合がある」と考えています。しかしそれはゲームに限った事ではありません。

例えば「絵を描く」という事を長時間かつ長期間行えば、脳の「絵を描く」機能が鍛えられ、脳が「絵を描く」という事に特化します。しかし絵を描く事に集中しているため、絵を描く事以外の事には時間を割く事ができなくなります。これにより絵を描く事以外の事では、必ず苦手な部分が出てきます。例えば「絵を描くのは上手いが、歌は苦手で音痴」「美術の事はよく分かるが、スポーツの事はよく分からない」「手先は器用だが、口はあまり回らない」といった感じです。得意な事と苦手な事があるのは誰でも一緒ですが、特定の事に集中して時間を割くほど、得意な分野と不得意な分野の差が大きくなり、それは人の目に触れやすくなります。

例えば「ゲームは得意で、大会で入賞するようなレベルだが、家族以外の人と話すのは苦手」というように、日常的に必要となる能力が不得意になる事があります。何故そのような事が起こるのかというと、長時間・長期間ゲームに没頭するあまり、家族以外の人との会話の機会が減り、いわゆる「コミュニケーション能力」が衰えてしまったからです。特にコミュニケーション能力というのは人の目に触れる機会が多いので、その人の「大きな欠点」かのように扱われ、時には人格まで否定される事もあります。得意な事と不得意な事があるのは当たり前の事なのに、人の目に触れやすい部分だけが否定されるのです。音痴も歌わなければ分かりませんからね。

ここで言いたいのは、ゲームを長時間かつ長期間行っていると、ゲーム以外の苦手な事との間に大きな差ができます。また苦手な事の中には日常的に使われる能力もあり、周囲から見るとそれが大きく目立ちます。しかしそれはゲームだけでなく、あらゆる事において起こり得る事です。絵が得意でもコミュニケーションは苦手、歌が得意でもコミュニケーションは苦手、そういう人は山ほどいます。決してゲームだから悪い影響があるという事ではありません。

これは当ブログのテーマである「身長を伸ばす」でも同じ事が言えます。身長を伸ばすためには、毎日同じ時間に起きて同じ時間に寝る事、運動を行って心身に刺激を与える事、バランス良く栄養を摂る事などが必要です。それら身長を伸ばすために必要な事を削ってまで、絵を描く事に没頭すれば、確かに絵を描く能力は鍛えられますが、身長の伸びには悪影響を及ぼします。1日中机の前に座って絵を書いていれば睡眠、食事、運動が疎かになる事は十分にあり得る事ですからね。何度も言いますが、つまりゲームに限った事ではないという事です。



責任転嫁をしたままでは何も変わらない

「身長を伸ばすために必要な事を削ってまでゲームをする」という事は悪いとされています。親はよく子どもに言って聞かせます。しかし当の大人は「睡眠時間を削ってまで仕事をする」「家族との時間を削り、夜遅くまでお酒を飲む」という事を当たり前にしています。転職をしてそうした生活習慣を変えようとする人も少ないです。説得力がありません。また「身長を伸ばすために必要な事を削ってまで絵を描く」「身長を伸ばすために必要な事を削ってまで勉強する」だと、子どもでも逆に良い印象を与えてしまいます。睡眠時間を削ってまで努力をする、何かを犠牲にしてでも頑張る、世の中でそれが正当化されています。

一方、最近の若い人はスマホを深夜まで使い、睡眠の質を低下させたり、睡眠時間を減らしているという事が懸念されています。それを行っているのは個人の意思で、スマホのせいではありませんが、責任転嫁をしています。また近年は食習慣の欧米化が進んでおり、それを太る事に理由にしている人が大勢います。日本人は体質的に欧米化した食習慣に対応できないなどとも言われていますが、それは単純に食べた分を消費していないからで、それも責任転嫁です。そうして「別の何か」に責任を押し付けたがるのは何故かというと、努力した成果が実らなかった時、それを言い訳にする事ができるからです。ここに日本人の生活習慣に対する意識の低さが現れていると私は思います。

ゲームに関して言えば、ゲームは娯楽の一つであり、時間が空いた時など暇潰しに行うものというイメージです。しかし時間を忘れてしまうほど熱中しやすく、他にすべき事がある時には大きな誘惑になります。他にすべき事があるのに、それを差し置いてゲームをすれば、確かにそれは両親にとっても子にとっても「時間の無駄」ですし、紛れもなく「ゲーム=悪」になり得ます。しかし「ゲーム=悪」と一旦決めつけたら、それをやめるだけで身長が伸びるなどと勘違いし、「身長が伸びなくなる原因を考える」という事をやめてしまいます。「ゲームの誘惑に何故負けてしまうのか」を考える事こそ重要です。

では何故ゲームの誘惑に負けてしまうのか、それは子どもに「ゲームよりも熱中できるもの」がないからです。ゲームの誘惑に打ち勝つためには、ゲーム以外の「絶対的な将来の夢」が必要です。それを与えるきっかけを作るのは周囲の環境、特に一番近くにいる両親であり、その教育をせずにゲームやアニメ、漫画などに責任転嫁しても何にもなりません。本当にその子にやる気があるのなら、ゲームなんかそっちのけで何かに没頭できるはずで、それがないからこそゲームに依存してしまうのです。その根本に見て見ぬ振りをしても先へは進めません。

もちろんこれは「○○をしろ」と親が子に強制するのでは意味がありません。何故なら親が見ている間だけ努力するのでは長続きしないからです。両親の役割はあくまできっかけを与えるだけです。子どもが「○○をしたい」と思った事に対し、両親が最低限の、小さなきっかけを与えてあげれば、子どもは自分自身の頭で「今何をしたら良いか」を考えようとします。その状態で「自分の夢を実現するために、今何を優先してすべきか?」を親が一緒になって考えてあげる事が重要です。自分で考えた疑問や課題を自分で解決していけば、子どもにとって大きな自信にも繋がります。

子どもがゲームの誘惑に負けてしまうのは、親が自分の言う通りに子どもを従わせているだけなのに、「子どもとの意思疎通ができている」などと勝手に思い込んでいるからです。その自信はどこから来るのでしょうか。特に身長を伸ばすという点で言えば、例えば「何時に寝ろ」「ゲームをするな」などとただ命令するのではなく、「何故この時間に寝なければならないのか」「何故今ゲームをしてはならないのか」を子ども自身に考えさせましょう。その答えに結びつくための助言をするのが両親の仕事であり、その繰り返しが教育です。


ちなみに最近ではゲームをプレイする事を仕事にしている人もいます。もちろんそのゲームを作る事も仕事になりますし、絵を描いたり音楽を作ったりする事でもゲームに関する仕事になります。人を楽しませるという意味でも、ゲームをする事=完全な無駄ではありません。特に現在、ゲームは子どもの同士のコミュニケーションツールの一つにまでなっていますし、日本のみならず、世界中で受け入れられている人気コンテンツです。それを両親を含む大人が禁止、あるいは悪として決めつける事では「同年代との会話についていけない」という事が社会に出た後も続く事になります。コミュニケーション能力が重視される今の時代、引き出しは多い方がプラスになるはずです。

実は私も小さい頃から両親によってゲームを禁止されており、更に私の場合はゲームだけでなく、マンガやテレビ番組等も制限されて育ちました。その経験から、私自身も「ゲームの完全な禁止」は良くないと思っています。当時のゲームやアニメの良さを今になって知っていつも寂しくなりますからね・・・「懐かしい」という会話が同年代で共有できないというのは社会人として大きなデメリットになり得ます。もちろん前述した通り、身長を伸ばすために必要な事を削ってまでゲームに没頭すれば、当然削った部分は二度と返ってきません。何故なら身長は思春期を終えるまでしか伸ばす事ができないからです。しかし何度も言うようにそれはゲームに限った事ではありません。あらゆる事に言えます。

将来の夢がある場合、今何をすべきでしょうか。何をすれば身長が伸び、何をしたら将来活きるでしょうか。それを親と子が一緒になって考えましょう。何かをする前から決めつけてしまわないように。まずは考える事から始めましょう。



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